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コラム

『親による虐待』と『アドラーでの子育て』 

掲載日:2017.05.16

 先日、アドラーの勉強会を久しぶりに行いました。岸見一郎さんのベストセラー『嫌われる勇気』を読み深めています。3~4カ月に1度くらいのペースで開催の予定が、前回は昨年の12月に行い「次回は雪が融けた頃にね」とお伝えしていたのに、私の都合で5月までお待たせしてしまいました。
 『嫌われる勇気』を2年以上かけて読んでいます。ただ読むだけなら2~3時間あれば読んでしまえるかもしれません。スラスラと読み進められないということは、参加者それぞれが、自分の日常に引きつけて読んでいるからです。
 読むだけなら、書いてあることを自分の都合のいいように解釈することもできる内容です。薄っぺらに読んでいる人ほど、アドラーが言っていることを他人のお説教に使ったりしています。アドラーが伝えたいことを本当に理解しそれを実践しようとしている人は、耳が痛いし苦しいし、そう簡単に他人に「アドラーは」などと言えなくなります。
 私の勉強会に来ている人たちは、アドラーを学ぶこと、そしてそれを自分の日常に引き寄せることに誠実な人たちです。勉強会では、日常でうまくいかないことをまな板にのせて、みんなでアドラーに当てはめて考えてみます。そうすると、例えば「そこは課題の分離ができていなかったんだね」と気づいていきます。お互いが、これまでに学んだアドラーをそこに出し合って、生きた学びを重ねていきます。アドラーが言っていることを本当の意味で理解し実践できると、人生がグッとラクになります。
 とは言え、「言うは易し、行うは難し」ということで、そう簡単にはいきません。それが完璧にできたら、先日の私の親子げんかも起こらなかったかもしれません。私の親子げんかもまな板に乗せてもらいましたよ。(笑) 私も、みんなと一緒に学び続けています。それでも、アドラーは私にとってこんなにブームになる前から、子育ての拠り所だったと気づきます。

 1歳5か月の娘を抱えて離婚をし、1人で子育てをしていく迷いの中にいた時に出会ったのが、今は亡き滝ユキ先生でした。「自分が育てられたようには我が子を育てたくない」と苦しんでいた私に、滝先生が教えてくれたのが、今思えばアドラーの考え方だったと気づきます。アドラーの考え方に基づく子どもとの接し方に、「私は子ども時代に親からそんなふうには関わってもらえなかった」と私の中の≪小さな私≫がいやいやをするように泣きました。それでも、「子どもと良い親子関係を築きたい」という思いは強く、私は自分が育てられたやりかたではない道を、頭ではわかっても実践する難しさに泣きながらも頑張りました。
 努力はやっぱり報われたと思います。アドラーがなければ、『異星人』の娘を私は虐待していかもしれません。娘が「世界一周一人旅に行きたい」と言った時にも、心から応援して送り出すことができました。数カ月に1回くらいはケンカもしますが、根に持たず、基本はお互いを大切にし合い、違いを認め合いながら一緒に考え生きていく。そんなことが当たり前の親子になりました。
 今、親子関係に苦しむ女性たちからの相談を多く受けています。30代40代50代になっても、親の縛りから解放されず苦しみ続けている人たちが、多くいます。そして悲しいことに、その中のかなりの人たちが精神科に通うほど深く苦しんでいます。親によって子どもが成人になっても苦しめられる。そんな現実を無いことにしては、これからも悲しい現実が繰り返されていくでしょう。
 20年以上前、「家族の中で子どもが虐待されている」と言っても、多くの人たちに「家族の中でそんなことが起きているはずがない」と相手にされず、むしろそんなことを言うと批判されることさえありました。でも、今は子どもの虐待は世間の理解を得ています。だから、虐待されている子ども(の一部)は助けられるようになりました。
 にもかかわらず、いまだ家族の中で「精神的な虐待」は、依然として多く存在しています。そして、子どもは成人してもなお親に怯え傷つけられ続けています。これはどこかで断ち切らなければならないと思います。そのためには、当事者が「自分のところで断ち切る」と決心すること、そしてその人をしっかりと支える人がいること、それが必要だと思います。
 私も今、「自分のところでその連鎖を断ち切ろう」と勇気を持って頑張っている人を数人支えています。それでも、何十年もかかって染みついてしまった親との関係を変えることは容易ではないことに、唖然とすることが少なくありません。親にマインドコントロールされていると言っても過言ではないような、自分を深く傷つける親と距離を置くことにさえ強い罪悪感を感じる女性たちがほとんどです。まるでDVを受けていても逃げない妻の心理と同じだと私は感じます。「怒らせる自分が悪いのだ」と思ってしまうのです。ずっと親から「私を怒らせるお前が悪いのだ」と言われてきたからです。だからこそ、1人ではその負の関係から抜け出せません。傍らに「あなたが悪いのではない」としっかりと伝え、距離を置くことを支える人が必要なのだと思います。
 子どもは親の所有物ではないし、ましてや親のストレス発散のサンドバックではありません。成人になって結婚してからさえも親の顔色をうかがいながら暮らしているとしたら、親に言いたい放題の暴言を吐かれているとしたら、傷つくとわかっていても親に呼ばれたら行ってしまうとしたら、それは真っ当な関係ではないと気づいてほしいと思います。
 子どもであっても尊重され、愛情をたっぷりと注がれた幸せな家庭で育った人は、親からされたように子育てをすればいいと思います。でも、そんな家庭はそう多くはないことを、経験的に知っています。だから、「自分はそんな素晴らしい家庭で育てられなかった」と嘆く必要はありません。大多数の人たちは、大なり小なりどこかでこぼこした家庭で育っていると思ったほうが正解だと思います。完璧な人間はいないと同じように、完璧な家族も存在しないと思います。それでも、より良い家庭を築こうと努力している人たちもいます。だから、あなたも努力する人になればいいのです。
 努力は裏切りません。その努力の一つの方法として、アドラーの教えはお薦めだと私は思います。まずはあなたが一人の人間として立つことが大切だと思います。