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コラム

マインドフルネスを生きる?認知症の母

掲載日:2018.05.15

グループホームに入所している母は、私のことはもうわかりません。
去年の初めくらいまでは、私の顔を見ると「大きくなったね~!」と毎回驚いていました。
「自分の子ども」という認識はなくなっていましたが、「知っている人」とはわかっていたようです。
よく「お子さんは何人?」と尋ねられたりしました。

でも今は、そんなこともなくなりました。
母の記憶からは、子どもの頃の私の姿どころか、
私を「知っている」ことさえ消えてしまったようです。

私の姿を見ても無反応です。
私が話しかけると、穏やかに受け答えをしてくれます。
それは時に敬語で、そして時に親しい間柄の会話のように。

幻視が現れることもあり、ベッドの上の女の子に話しかけたりします。
父の写真に向かって親しみを込めて「先生」と呼びかけ、会話をすることもあります。
そんな母のそばで、私は母の世界を一緒に味わいます。

母は、お手伝いさんや子守りさんがいる裕福な家で育ちました。
世間知らずの母は、やんちゃな父と出会い、決まっていたお見合いを蹴って、
駆け落ち同然に父と北海道に来ました。

ところが、魅力的に見えた男性は実は暴力をふるう自己中な人でした。
今さら実家に帰ることもできず、帰るお金も無く、誰も知る人のいない北海道で苦労をしました。

私はそんな母の長女として、泣いている母をいつも見てきました。
いつしか「母を守らなければ」と常に思うような娘に育ちました。
年頃になって恋をしても「不幸なお母さんを置いて、私だけ幸せになることはできない」と、
いつも無意識に「幸せになる」ことを自ら壊していました。

そんな私が結婚をし、離婚をして、その過程で気がついたことがありました。
いつしか私は「母のために生きる」ことを、そして母は「それを当たり前」と思うようになっていたことを。
母と私は「支配・被支配」の関係性になっていました。

それに気づいてから、私は母から距離を置こうとしましたが、
母はそれに対して激しく怒り、私を罵りました。

母の辛さも苦労も一番見てきた私は、母のイヤな面とも一番向き合ってきたと思います。
母との葛藤の数年間は、私には辛い日々でした。

そんな私が今、こんなに穏やかに母と向き合えるのは、
辛かった母との葛藤の日々を、あきらめずに向き合って乗り越えてきたからだと思います。
私は4姉妹ですが、良くも悪くも、たぶん一番母との関係が濃かったと思います。

今、母には記憶らしい記憶は、ほとんど残っていません。
歩くこともおぼつかなくなり、できることはほとんどありません。
残り少ない命を、ただ穏やかに生きている母がいます。

母がこのように穏やかに最後の日々を過ごせているのは、
ホームの職員さんたちが心を込めてきめ細かく日常を支えてくださっているからです。
母と一緒にいると、そんな感謝が自然とわいてきます。

母が認知症になったことで、私にはもう一人感謝している存在がいます。
認知症になって母の記憶から真っ先に消えたのは、父からの暴力の記憶でした。
「神さまは粋なことをなさるな」と思いました。

本当にみごとにその記憶を消し去ってくれたことに、感謝しています。
「認知症もなかなか良いものだ」と、私は思っています。
少なくとも、母に限って言えば。

今、母は、誰のことも、どんなことも、すっかり忘れてしまい、一緒に思い出話をすることもできません。
妹たちは、そんな母と一緒にいることが苦痛なのか、どうしていいのかわからないからなのか、
母に会いに行くこともほとんどなくなりました。

私はと言えば、自分でもよくわかりませんが、
義務感からでもなく、ただ「記憶を亡くした母」に会いに行きます。
なぜだかわからないけれど、「会いに行きたくなる」から会いに行きます。

1~2週間に1度くらい母に会いに行きます。
そして、母の記憶の小さなカケラが作り出す世界を一緒に過ごします。
見知らぬ乗り物に乗って、時空を超えて見知らぬ世界に次から次へとワープする、
そんな母の世界を一緒に楽しませてもらいます。

過去の記憶に苦しむこともなく、未来を思い悩むこともない母。
母は、究極のマインドフルネスを生きていると言えるのかもしれません。
でも、母は「今・ここ」にもいないんですね。

この文章を打っていた先ほど、驚いたことがありました。
「あいにいきたくなる」と打った時、最初に出てきた変換は「愛に生きたくなる」でした。
そうか~。。。 その変換が、とてもフィットしました。

私が母に「会いに行きたくなる」のは、母と一緒にいるのは、まさにそんな感じです。
私の神さまは、時々そんなおちゃめなことをして私に大切なことを気づかせてくれます。