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コラム

今年は

掲載日:2016.01.03

 新しい年をどのようにお迎えですか?
私はいつもと同じく、早朝に初詣に行き、そしてグループホームの母に会いに行きました。だんだん私のことがわからなくなってきている母ですが、元旦は「大きくなったね~」の言葉が出たので私だとわかっていたようでした。去年は、母の末の妹と思われながらの会話だったり、知り合いの娘さんとしての会話だったりと、私も七変化で母と会話をしました。時に淋しく感じることもありましたが、相手が誰であろうと母は母らしい言葉を発し、そんな母との時間を愛おしく感じながら過ごしました。
 母の状態は良い時もあまり良くない時もあり、「今日はいいな」と感じられる時には決まってある職員さんがいることに私は気づきました。母の容態が良い元旦にもその職員さんがいました。彼女は、誰に対しても平等に淡々と優しさのある人です。ことさら優しさを強調することもなく、普通に思いやりのある人だと私は感じていました。家族が来ていてもいなくても、入所している誰に対してもいつも一人の人として接してくれているのでしょう。そんな彼女の関わりが、母だけではなくきっと他の入所者さんたちにも良い影響をもたらしてくれているのだと思います。いくつになってもどのような状況にあっても、人は人との関わりによって心の状態が決まってくるのだと、その職員さんを通して改めて思います。私もそんな関わりのできる人として、今年も少しでも成長していきたいと思います。
 さて、前回「続きはまた次回」と書いたので、今さらという気もしますが、少し昨年の個人的な出来事の振り返りをここに綴ります。
『スティーブンスジョンソン症候群』の体験は、未だに体にダメージが残っているのと同じくらい、「人はいつ死ぬかわからない」という事実を克明に私の心に刻みつけました。そしてそれは誰にでも起きうることでありながら、私たちの大半はその可能性をいつもは感じることもなく過ごしています。しかし私は今回の体験で、その可能性をいつも心のどこかに置いて生きるようになりました。「癌で余命半年と宣告されて死ぬ」覚悟はできているつもりなのに、「突然死ぬ」ことには正直言って怖さがあります。この違いは何なのでしょう。 私は死ぬまで自分の人生のハンドルは自分で握っていたいのに、「突然死ぬ」ということは突然誰かにハンドルを奪われて壁に激突するというような恐怖感なのかもしれません。いくらイヤだと言ってもそうなる時にはそうなるのだとしたら、せめて今生きているこの時を後悔の無いように生きたいと、これまで以上に思うようになりました。
 そのようなことを感じ取っていたわけではありませんが、『歌う』ことにチャレンジしたことはよかったなと思っています。自然にわいてきた「この歌を歌いたい」という思いを、去年は素直に叶えてやることができました。今も歌うことは楽しくて、今年もたくさん歌っていきたいなと思っています。
 あとは、今年2つのチャレンジをするつもりです。どちらもちょっと大変だけど、私の人生に何らかの『お役目』があるとしたら、そのお役目に関係することなのでこの道を進むことは当然のように思っています。困難が予想されるからと言って避けるなら、何のための私の人生?と思います。だから、頑張ります!
 そして同時に、歌うことも含めて個人的にも楽しんでいきたいと思っています。春には楽しみなことが一つ控えています。秋には全日空時代の同期会も予定されています。どちらも今からとても楽しみです。『お役目』は困難があっても一生懸命に頑張ります。そんなある意味ストイックな私の人生には、楽しいこともちゃんとしてあげたいと思っています。
 今年の私のキーワードとして浮かんでくる言葉は、『繋がり』『関係性』『愉』『放』です。どんな1年になるのでしょうか? 
みなさんの今年はどんな言葉が浮かびますか?
今年もしっかりと大切に生きていきましょうね。