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コラム

命の終わり方 ・・・ 「今、この時」を

掲載日:2017.08.08

母が入所しているグループホームの夏祭りに、娘と札幌に住む末の妹と3人で参加しました。
この日を迎えられるとは、7月上旬の頃には思えませんでした。
実は7月上旬、北海道でも記録的に真夏日が続いていた頃に、
母は急激に状態が低下し緊急入院をしました。

それまでは、私が実の娘だとはわからなくても、
こちらの言っていることはわかり、コミュニケーションは取れていました。
ゆっくりではあっても、歩くこともできました。
それが、一気に意識・体力共に低下し、幻視が現れ、意思の疎通もできなくなりました。
歩くこともできず、食べることも飲むこともできなくなりました。
本州に住む叔母たちに連絡をするなど、「このまま亡くなるかもしれない」と覚悟を決めるほどでした。

結局、原因不明ということで、数日で退院させてもらいました。
母は全くコミュニケーションの取れない寝たきりの別人のようになってしまいました。

それでも、戻ってきた母に、ホームの職員さんたちはきめ細かく言葉かけをしてくれ、
食事や飲み物も母が受け入れる時に少しずつすすめてくれました。

その結果、母はどんどん容体が回復し、数日ですっかり元の母に戻りました。
誰もが一時は「もうダメだろう」と思った母でしたが、驚くほどの回復でした。
「(介護の)プロの仕事を見せてもらった」と感嘆し、職員さんたちに感謝しました。

その後、改めて「最後の時をどう迎えるか」を妹たちと話し合い、
病院ではなく、母にとっては今や「家」と言えるこのホームで看取りたいと確認しました。
そのための終末期医療のお医者さんを決めることにしました。

10年以上前、1人暮らしの母の様子がおかしくなり認知症と診断された時に、
最初妹たちはグループホームにお世話になることに反対でした。
ホーム入所を勧める私は、妹たちに「お姉ちゃんは冷たい」と批判されました。
「自分のところで母を世話する」と言っていた妹たちでしたが、
実際に一緒に暮らしてみて、どの妹も数カ月でねを上げました。

私は在宅介護支援センターのソーシャルワーカーだったことがあります。
その時、認知症の親に憎しみさえ抱きながら介護をする多くの娘たちの苦しみと接してきました。
その時の経験から、「親が認知症になったら、介護は専門家にお願いし、
私は優しい気持ちを母に向けよう」と心に決めていました。

認知症になった親の介護をどうするかは、どれが正しいということはないと思います。
それぞれの家族が良いと思え、納得できる方法を選べばいいと思います。
我が家は、最終的にグループホームを選択しました。

母の好きな畑仕事や散歩、歌などを楽しみ、食事の支度など
できることをお手伝いして自分も役立っていることを感じながらの生活が始まりました。
母には「良いところに住まわせてくれてありがとう」と入所してから何度も言われました。
「今が一番幸せ」と言う母の笑顔に、この選択は間違っていなかったと安堵しました。
私たち子どもは、優しい気持ちと共に、母の心身の低下を受け止めながら見守っていくことができました。

私はきょうだいのなかで一番母に心配をかけ、また葛藤をした子どもだったと思います。
幼い娘を抱えて離婚をし、何度も転職をしたり経済的に困窮したり体調を崩したり・・・。
母が最期まで私のことは覚えていたのは、一番心配な子どもだったからかもしれません。
成人になり、母からの「優しい支配」から逃れるために精神的に境界線を引いた私に、
母は泣き、怒り、絶縁した時期もありました。

そんなふうにいろいろとあった母に、私は2つ親孝行をしたと思っています。
一つは、その時に選べる最高のグループホームを探してきたことです。
たくさんのグループホームを見学し、そこの雰囲気を感じ取り、
「母を大切にしてくれる」と確信できるホームを見つけてきました。
それが今のホームで、私の選択は正しかったと自負しています。

そしてもう一つの親孝行は、今回の事態を受けて、最高のお医者様を見つけてきたことです。
食べたり飲んだりができなくなっても、母が苦痛に感じる点滴をはじめとして、延命治療は一切しない。
痛みや苦痛は取り除く緩和ケアのみをしてもらう。
母という人を、母の命の終え方を、尊重して関わってもらう。
それをとても理解してくださる緩和ケア・終末期医療のお医者さんとご縁をつなぎました。
私のこれまでの経験をすべて動員して「この人なら!」と確信を持ったお医者さんです。

認知症になってからの母の生活はグループホームに託し、
命を終えていく母のこれからを見守ってくださるお医者さんとつながり、
私はホームに母に会いに行き共に時間を過ごし、職員さんに感謝とねぎらいの言葉を伝え、
訪問診療の時にお医者さんと話し、少しずつ母とお別れをしていきます。

父は、還暦を待たず、がんと診断されて入院して2週間であっという間に亡くなりました。
母は、10年をかけて徐々に認知機能と身体機能が衰えていく様を、
米寿を迎えた今も見せてくれています。
父と母、それぞれが命の終わり方を、身をもって示してくれました。

私は、「今・この時」を大切に生きていきます。