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コラム

大切な人の命が奪われても、加害者は罪に問われないとしたら?

掲載日:2017.10.20

重大事件が起きた時に、「犯人は犯行当時、心神喪失状態で刑事責任を問えない」として
「不起訴処分」になったと、耳にしたことや目にしたことがありませんか。
その根拠となる「刑法39条」という法律があります。
本人に「悪いことをした」という認識がない限り、刑罰は発生しないということです。

先日、札幌で、「3年前に息子を精神障害者に刺殺され、その加害者は不起訴になった」という
お父さまの講演を中心としたシンポジウムがありました。
精神障害者自立支援施設で働いていた35歳の息子さんは、入所者に刺殺されました。
逮捕された入所者は、精神鑑定の結果、「心神喪失状態で刑事責任を問えない」として
「不起訴処分」つまり「罪に問えない」ということになりました。

不起訴処分となった時、「加害者」は容疑者(被疑者)から、医療観察法の「対象者」として
「社会復帰へ向けて」医療機関で処遇を受けることになります。
つまり「加害者」はいなくなるのです。

刑法39条を適用されると、その事件は刑事事件としては終結し、裁判は開かれません。
「事件として扱われない」つまり「その事件は存在しない」ことになるのです。
そして、「事件は存在しない」ことになるのだから、「被害者」もいなくなるということらしいです。

ここまでだけでも、私は複雑な心境になります。
もし、私の娘が殺されて、「犯人は心神喪失状態だったから罪に問えません」「はい終わり」
とされたら、私は「はいそうですか」と素直にその決定を受け入れられるのだろうか・・・。

逆に、もし娘が誰かを殺してしまって、それでも
「犯行当時は心神喪失状態だったから罪に問われません」と言われたら?
私は、単純に「ああ、罪に問われないでよかった」とは喜べないと思います。
もしも自分の娘が人の命を奪うなどの重大な犯罪を犯したとしたら、
事情や精神状態がどうであれ、罪は罪として受けとめなければならないと思っています。

でも、物事の判断ができない人にどんなに罰を与えたとしても、
それは意味の無いことのようにも思えます。
必要なのは、加害者が自分の犯したことの意味を認識するように促すこと・・・。

私がまだまだ学びや理解が足りないので、ここから先に進めなくなってしまいます。

息子さんを失った事件が不起訴処分となったお父さまの心中を思うと胸が痛みますが、
そのお父さまの訴えたいことはもっと別なことにありました。

2004年に「犯罪被害者等基本法」という法律が制定されました。
その法律が制定されるまで、犯罪の「加害者」はその人権が守られていましたが、
「被害者」はほぼ権利が守られる状態にはありませんでした。

さまざまな犯罪によって被害を受けた被害者や遺族等の訴えや運動によって、
犯罪被害者給付制度や裁判に被害者や遺族が参加できる制度
被害者の心情を加害者に伝えたり加害者の更生の情報が被害者側に知らされる権利が保障される
などの「犯罪被害者等基本法」がようやく制定されました。
(この法律ができるまで、被害者にはそのような権利もなかったということに驚きます。)

しかし、刑法39条によって不起訴となった場合には、
「事件は存在しない」ことにされてしまうために被害者は法的立場を失い、
「犯罪被害者等基本法」の対象から排除されるというのです。

大切な人が被害にあって殺されても、加害者は罰せられることなく
「事件はなかった」ことにされてしまうだけでも遺族は辛い思いを強いられるのに、
その上、被害者として守られるべき権利まで奪われてしまうって、あんまりだと思います。

刑法39条の被害者は、二重に置き去りにされるということです。

被害者の基本的権利は、加害者に責任能力がなく刑事事件として成立しないとしても、
保障されるべきだと思います。

先のお父さまは、そのことを今訴えています。

刑法39条の適否についてはこれからも考えていきたいと思いますが、
その適用によって不起訴とされた事件の被害者や遺族には
少なくとも「犯罪被害者等基本法」を適用されるのは当然だと思います。

こんなふうに泣き寝入りを強いられている人たちが存在することを
私は今まで知らなかったので、ここで皆さんと共有したいと思い記しました。
私自身がまだまだ勉強不足なので、うまく記述することができていない部分もあるとは思いますが、
これをきっかけに関心を持ってくれる人が一人でも増えればという願いで書いてみました。