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コラム

選択する時 ・・・  基準は何ですか?

掲載日:2017.02.21

 茨木に住む友人から数年ぶりに電話がかかってきました。「札幌に出張に行くから会えないか?」ということでした。途中下車してうちの町に寄ってくれるとのこと。「もちろん、喜んで!」
 彼は、10年以上前にコーチ養成機関で切磋琢磨した仲間です。コーチングの学びを重ねながらハードな「自主トレ」を共にしたコアな仲間です。もう一人の女性と3人で(彼女は東京、彼は茨木、私は北海道だったので)スカイプを使って、仕事前のほぼ毎朝6時半から8時まで、コーチングとフィードバックをしあいました。あの頃は、本当によく頑張ったなと思います。その時に付けたコーチ筋肉は、その後コーチングをする上であなどれない支えになったと思っています。
 他の人たちとも練習をしていましたが、それに加えて彼らとは半年近くほぼ毎朝練習をしていたので、たぶん家族よりもお互いの深いところの話を聴き合ったと思います。そんな深い関係(?)の彼との再会だったので、話が弾まないわけがありません。短い時間でしたが、多くを話さなくても分かり合え、充実した心地よい時間を過ごしました。
 たぶんチームの誰よりも練習をした私たち3人でしたが、結局コーチになったのは私だけでした。女性は私よりもコーチになるという気持ちが強い人でものすごい頑張り屋さんでしたが、コーチでは食べていけないと泣く泣く別の道を選びました。
 彼はハートが温かく、たぶん3人の中で一番優しいコーチングをする人でした。そんな彼も、コーチになりたい気持ちをとても強く持っていました。私も彼のような人がコーチになったら、世の中がもっと優しくなるだろうと応援の気持ちを強く持っていました。
 でも、彼も今の仕事を辞めてコーチになるリスクを取ることはできず、プロのコーチになることはあきらめました。でも、プロのコーチにはならなくても、今は職場で彼らしいコーチングマインドで周りの人たちと良い関係を紡ぎ良い仕事をしていることと思います。

 人生とは選択の連続だといいます。「お昼に何を食べるか」というような小さなことから「人生の大きな選択」まで、ずっと選択をし続けてきた結果が今の自分のいる場所なんですね。
 私はたぶん、普通の人よりも人生に大きな選択がいくつもあったような気がします。就職までの選択は人並みだとしても、その後1歳5か月の子どもを抱えて離婚したあたりから、大きく分かれた道を目の前にしていくつもの選択をしてきました。小学生の子どもを抱えながら奨学金を借りて大学に行ったこと、市議会議員になったこと、大学院に進んだこと、大学院を退学したこと、コーチになったことなどなど、他にもたくさんの選択をしてきました。
 だいぶ前に、私の生き方をずっと見てきた知人が私にしみじみと言ったことがあります。「あなたは道が2つに分かれていたら、必ず苦労をする道を選ぶよね」と。
 私も苦労はできれば避けたいです。あえて苦労を選ぶなんてことはありません。ただ、選択の基準が、もしかすると人とは少し違うのかもしれません。たいていの人は、多少の違和感があったとしても、できるだけ順調に進む道を選ぶのかもしれません。違和感を感じても、たいていは感じないふりをしたり「そうは言っても今さら別な選択なんて」とそのままの道を歩むことが多いのでしょう。私はそこで「何かが違う」と感じてしまうセンサーが強いのかもしれません。これはどちらが良い悪いということではなく、人としての傾向として違いがあるのだと思います。
 私は、「何かが違う」とか「感覚として気持ちが悪い」ということを無視できない性分のようです。だから、私の選択の基準は「自分の気持ちがどう感じるか」が大きいと思います。結果、黙って進めば苦労の少ない道なのに、そこから降りて別な道を選んでしまうので新たな苦労が始まることが多いです。それをはたから見ていると「あえて困難な道を選ぶ」と見えるのかもしれません。
 これまでの人生の選択に比べればそれほど大きくはありませんが、最近もまた、舗装された快適な道を降りて、目的地にたどり着けるかわからないでこぼこ道を進むことを決めました。「大切にしたいことをより大切にして生きる」ために、「大きな苦労をせずに得たいものを得られることが保証されている道」を降りました。これもはたから見ると「何であえてそんな苦労が多い道を選ぶの?」と思われるでしょう。でも私はやっぱり気持ちが「もやもや」する道よりも、苦労はあっても「すっきり」した気持ちでいられるほうを選びました。しばらくは大変ですが、「これが私」と納得しているので、この生き方で進んでいきます。
 あなたは、人生の選択にどんな基準を持っていますか?「そんなこと意識したこともなかった」という人もいるでしょう。でも、選択する時、そして「自分で選択はしない」という人も、そういう選択をするそこには何かがあると思います。それは何でしょうね?何を基準に目の前の道を決めますか?安定した生活?やりがい?世間からどう見られるか?充実感?波風をたてたくない?家族?友情?経済的な豊かさ?やむにやまれぬ思い?社会的地位?ワクワク感?平穏な日々?自分で何も決めたくない?決められない?etc.
 良い意味で「何にもこだわらず、流れるまま」という人もいるかもしれませんね。私もある部分では、「なるようになる」道に身をゆだねることもあります。でも、「譲れないもの」を握って選択をしていく私はまだ強くいます。いずれにしても大事なことは、その一つひとつの選択の結果に、自分自身がどれほど納得しているかということでしょう。
 私はこれからもたとえ変人と言われても(笑)、「自分基準」を大事にしながら選択して生きていきたいと思っています。それで人生最後のときに、「大変なことも多かったけど、面白い人生だった」と笑って言える気がします。