女性専門カウンセリング|全国対応(北海道・札幌近郊・東京・さいたま・名古屋・福岡・大阪)|全国対応(札幌・東京・関東・関西・九州・四国)|コーチング,メンタリング,カウンセリング,セラピ


体験者の声

ここに体験記を寄せてくれたみなさん、ありがとうございます。
改めてみなさんの声を読ませていただいて、私はみなさんによってここまで育てられたことを感じます。
ここにはいいことばかり書いてくださっていますが、私が役にたてない時もあったと思います。
そんな時の自分に対しての悔しさや情けなさをエネルギーにして、私は自分をここまで引き上げてくることができたと思っています。
みなさん、ありがとうございました。
このホームページの主要な部分を為すのは、このみなさんの声なのだと今感じています。
みなさんの体験談が、これを読んだ誰かの今を、人生を、そっと応援することを感じます。
自分自身と向き合うことから逃げず今もご自分の人生を大切にしっかりと歩み続けているみなさんに、
リスペクトの気持ちを捧げます。  ・・・ 紀代子

(下の バーをクリックすると、それぞれの体験談が読めます。)
 

40代 東京

 原因不明の病気になり、痛みと体調の悪さに苦しんでいました。友人でありコーチである人から「とてもいい人がいるから、その人のセッションを受けてみたら?」と勧められました。私が信頼している彼女が「とてもいい!」と言う人とはどのような人だろうと思い、紀代子さんのセッションを受け始めました。これまで受けたことのあるコーチングとは何かが違っていました。毎回、自分の体がほぐれていくような感じがしました。はじめはそのようなことさえ感じられないほど、私の心と体はかたくなでした。でもセッションを重ねるうちに、自分でもほぐれていく感覚がわかるようになってきました。気づけば、四六時中辛い痛みに苦しんでいたのが、痛みを忘れている時間があるようになりました。今では、大量に処方されていた薬もほとんど必要なくなりました。 上場企業の管理職としてこれからも仕事は続けていきたいと願っています。一時は退職も避けがたいと思っていましたが、紀代子さんのセッションを受けながらならそれが叶いそうです。 仕事を辞めなくてすんだこと、何よりあの辛く苦しい痛みから解放されてきていること、そして驚くことに以前より幸せに生きられるようになったことに、紹介してくれた友人と紀代子さんに心から感謝しています。

40代 北海道

 子どもの不登校、自傷行為(リストカット・食べ吐き)に悩み、セッションを受け始めました。はじめは「あの子をどうにかしてほしい!」と思っていました。でも「他人をどうにかすることはできませんよ」と、優しくしかしキッパリと紀代子さんに言われました。はじめの頃は正直かなり反発心がありました。巧みに抵抗する私に、紀代子さんは手を焼いたことと思います。でも私のゴマカシを紀代子さんは絶対に聞き逃しません。大きな優しさに包まれた厳しさだったと今になってわかります。 私が泣きながら自分と向き合っていった結果、気づけば子どもはいつの間にか学校に行くようになっていました。紀代子さんに止められていたので子どもには「学校へ行くように」とは一切言っていなかったのに、です。自傷行為も今はありません。驚くべし、紀代子マジック! 子どもたちとこんなふうに笑いあえる日が来るなんて、あの苦しかったころは思いもしませんでした。家族の関係は変えられるんですね・・・。 「子どもの問題行動はすべて親に原因がある」とは決して言いません。でも、以前の私のように「私には何の問題もありません!子どもがおかしいんです!」と言い切れる人は、自分を振り返る中に何かを見つけられるかもしれないと、今の私は思います。

50代 北海道

5年前から始めたコーチングを、先日とても幸せな気持ちで終えることが出来た。 子供の頃から、いつも母の愚痴の聞き役だった。父と結婚したことがすべての不幸の始まりとばかりに、母は泣き、嘆き、そして、父に復讐するかのように万引きをしては、何度か警察に保護された。 厳格だった父はいつも正しい事しか言わなかった。暴力は振るわなかったが、間違えることを決して許さない常に正しい父の言葉は、子供にとって震え上がる程恐ろしいものだった。だから本心は隠し、父の顔色をうかがい、父が正しいと思う事しか言わないようにした。小さい嘘をつくのが上手になり、自分の心をごまかすのが上手くなった。 常に比べられて育った私と妹は、仲良く遊んだ記憶が無い。妹は私を嫌っていた。そして、自分自身を嫌って、思春期にリストカットを繰り返した。 そして、それらはすべて秘密だった。 母は毎年PTAの役員を引き受け、明るくおしゃれで優しくて大勢の友人がいた。父は社会的にも経済的にも成功していた。私は、成績優秀な真面目で素直な孝行娘。妹は愛想のよい、近所で評判の美人。 周りからは、理想の家族と言われ羨望された。何より、私たち家族がみなそれぞれ 自分たちは最高に幸せな家族なのだと信じ込もうとした。都合の悪いことはすべて秘密にし、何事もなかったかのようにふるまう。自分の心の声に耳を傾けることなく、周りから素晴らしいと思ってもらえる自分たちでいることを何より大切にした。 自分が幸せだと感じる事よりも、人から幸せそうに見えることが大切だった。 しかし、就職、結婚、育児と人生を歩んでいくうちに、鉛のように重い“いきづらさ”にたびたび襲われるようになる。幸せの条件が揃っているはずなのに、誰にも解ってもらえない孤独に襲われる。自己啓発本や宗教の本を読み、趣味のヨガや美術に没頭し、福祉の仕事で大きな評価も得た。体調が悪くなれば心療内科、心がつらくなれば精神科やカウンセラーと お金や時間をかけ様々に努力した。確かに一時効果は出る。理論や理性では、私はもう十分幸せなはずだった。幸せでなければならなかった。 なのに、どうしても心がついてこない。心の根っこが宙に浮いている感じだった。 それが、コーチの紀代子さんと私の二人三脚の出発点だった。 ポジティブ思考であれば、人にレクチャーするくらいまで理論武装している私へのコーチングはさぞかし大変だったと思う。 人の心は、とても癖が強い。幸せになるために生まれてきたはずなのに、いつの間にか自分を幸せから遠ざけるために一生懸命頑張ってしまう。そして、そのことに自分自身が気がつかない。いや、気付くのが怖いから 気が付かないふりをしているのかもしれない。自分の心の奥底を覗くのは、想像以上にしんどいことだ。自分ではどうしようもない悲しみや憎しみを全部埋めてきたところなのだから当然かもしれない。一人では耐えられないから、沈めて埋めて、まるで無かったことにしてきたのだもの。しかし、残念だけれど私の心を解き放つ自由への扉の鍵も同じところに沈んでいた。 コーチである紀代子さんは何も教えてくれない。どこに鍵があるのか、どれが鍵なのか、。見つけたと思った鍵が本物かどうかも教えてくれない。鍵を探したかったら、自分で探し、見つけ、試しに開けてみるしかない。でも、紀代子さんはいつもそばにいて私と対話し私の心を感じてくれた。私自身が聴こうとしてこなかった、私の心の言葉に深く深く耳を傾けてくれた。 それはとても不思議で暖かな時間だったと思う。何を言っても、何を感じても絶対に安心だという気持ち。その安心感が、自分のありのままの声をちゃんと聴いてあげる勇気になる。聞いてもらえる喜びを知った私の心は、とてもリラックスして大切なことを話し始めた。自分の言葉が自分に、たくさんのヒントを教えてくれた。心と体がしっかりつながっていく感覚、自分の根っこがしっかりと確かなものに張り巡らされていく感覚は素晴らしかった。なりたい自分を、自分自身でつかみ取っていくわくわく感。 でも、これは決して一人で出来る作業ではなかったと思う。 どんな人でもなりたい自分になれる事、そして人は生まれてきたことそのものが祝福であるのだと心から信じているコーチと、安心して言葉を交わすことが、どれほどのエネルギーとなるのか。それは、決して言葉で表現できるものでは無いと思う。 人は誰でも変わることが出来るけれど、自分一人で頑張らなくても良いのです。 自分で自分を許したり、自分を認めたり、自分にやさしくしてあげることは本当に難しい。一生懸命に頑張っている人であればある程、自分に厳しく自分を許せないだろう。私がそうだった。 紀代子さんと泣いて笑って、すべてを受け止め、許し、認め、やさしい言葉で共感してもらい、私はようやく私自身をありのままに受け止めてあげることが出来た。 そして今、あの頃の私をぎゅっと抱きしめ、語りかけている。 「頑張ったね。一生懸命に生きてきたね。えらかったね。そして、すべては素敵で必要なことだったね。」と。 私本当に幸せだわ! ありがとうね、紀代子さん。

30代 東京

本日、すごく新しい体験をした

恐れの中で生きるために、魂削りまくってた時代を経て 今の自分になってから、もう戦争はしたくなかった

だけど、今の安全な場所を出て外にいくとき なにも鎧を付けず、なにも武器を持たずに乗り込んで 刺されて大怪我をするのはいやだった 昔懐かしの鎧を知らぬ間に着て 昔懐かしの武器で知らぬ間に 誰かを攻撃するのもいやだった

でも、どうしたらいいんだろう・・・ どうやったら、自分を大切にしながら裸でも怪我せずに 世界と関われるんだろう

ずっとぐるぐる一人で考えてた ぐるぐる考えるのは得意なので ぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐる考えたけど ぜんぜん、答えは出なかった

ある「怪我をした」体験をコーチと一緒に見てみたとき その答えがやってきた

早く痛みのカオスから出たくって ついなんとかしようとしちゃう私に それやると余計長引き悪化するのが わかっちゃいるけど ついやっちゃう私に

コーチは優しく鋭く なんとかしようとせずに ただ今ここにいてみよう と言ってくれた

やばい、バレバレだ 図星の私は観念して見てみた 下手っぴだけど やってみた

怪我をした痛みの感覚のどすぐろい鉛の玉を、ただただ見つめてたら それは私のお腹の中で だんだん弾んで それからどんどん大きくなって 最後は大きな気球みたいに膨らんで 私は空を漂った 気持ちよく ふわふわと 風にのって やさしく おだやかに 楽しい気持ちがやってきた

巨大な気球となった自分で、「怪我をした」体験を追体験したとき そこにいたすべての人も椅子もなにもかもが 部屋ごと丸ごと 私からプーっと出てくる巨大なシャボン玉に やさしく包まれて浮いていた

シャボン玉の中にあるものの なにものも もはや私を傷つけることはできなかった

私にはもう 武器も鎧もいらなかった シャボン玉が 新しい私の 武器であり武器でないもの 鎧であり鎧でないもの

ただ 静かに やさしく シャボン玉で包めば どんなトゲも私を攻撃できないし シャボン玉に映った顔は ちょっと面白くて 楽しくなる

<p私にはもう 武器も鎧もいらない 私にはもう 新しい武器も鎧もある

40代 北海道

「あの頃の自分、悩みの中にいる愛すべき人たちへ」

私は、ぶれない自分でいたいとコーアクティブコーチングを受けることを決めて、 一年間、自分と向き合った。そしてコーチングを卒業して8年が過ぎました。 今、あの頃の自分に伝えるとしたらどんな言葉を伝えるだろう? 自分と向き合うことに大きな不安を感じていた。 過去の辛い出来事と向き合うことは辛い、一歩が出ない。 そんな私の側にいつも寄り添ってくれていた紀代子さん。 コーチングの最後に「これからどんなことがしたい?どんな自分でいたい?」と問いかけられても将来の自分をイメージ出来なかった。 今、私があの頃の私に伝えるとしたら「大丈夫!変わることは必然。 自分に忠実でありながら自分らしく生きられる!」ということ。 恐がらず、悠々と生きよう!きっと自分らしい幸せを心の中に感じられる貴方に変われる。 目標にしていた「柳のように柔軟に大事なことを芯に持ちながら生きたい。」 そんな気持ちになれるから、大丈夫だよ、という言葉かな~。 辛い過去があったね、その辛さから逃げずに生きられた。 「辛かったね」と、幼かった私を抱きしめる私がいます。 前に進めるようにと、紀代子さんとのセッションでいくつも手放した感情があった。 コーアクティブコーチングに出会えなければ私はどうしていただろう? 考えるのはもはや無駄なこと、私はもうこの私で生きる!感じることを大切に生きる! これからの私に出来ることは、私に送られたギフトを最大限に生かすこと。 ただ最近、送られたギフトはまだあるかも?なんて感じている。どんな私でいられるのかはお楽しみ!どんな出逢いがあるのやら、、、乞うご期待。どうやら私の物語はまだ続きがあるらしい、、、 「悩みの中にいる愛すべき人たち」いつか貴方と出逢う日がきたら貴方の物語を聴かせてね。

30代 北海道

私には夢がありました。でもそれはうまく説明できないことで、友だちからは相手にされず親も「また始まったよ」と冷たい視線でした。私は自分がおかしいのかなと思うようになり、だんだん誰にも言わないようになりました。あるきっかけで紀代子さんと話すことになり、『心の奥に押しつぶしていた夢』のことをぽろっとしゃべってしまいました。紀代子さんは目をキラキラさせて「それで!それで?」と聞いてくれました。私の話をこんなに楽しそうに聞いてくれる人は初めてでした。 「でも、どうやって実現したらいいかわからないんです」という私に紀代子さんは「○○さんは、まだ誰も歩いていない道を作っていくんだね!」とこれもうれしそうに言うんです。私より紀代子さんの方がうれしそうでした。「そっかー、誰も歩いていない道だからうまく説明できなかったんだ」とその時にわかりました。 それから二人で計画を立てるのは楽しかった。その後、時々紀代子さんに途中経過を報告するのを楽しみに、私の夢の実現計画は進行中です。親や友だちも少し態度が変わってきました。紀代子さんに出会わなかったら、この夢はこの世界に現れることは叶わなかったと思います。

40代 東京 コーチ

きよちゃんのコーチングの特徴の一つは、セッション中も、セッション外と変わらないBeingで、きよちゃん「”個人”がいる」ということだと思います。「個人」としてのきよちゃんが絶妙なバランスで「いる」というBeingなのです。 ファカルティの人たちも皆素晴らしいBeingだと感じるんだけれども、私の知る限り、「個人」としてのコーチの存在感は感じません。「私は置いといて、今はあなたの時間よ」というスタンスというか。これをスタンダードと思っている人にとっては、コーチ「個人」がいるセッションに、最初ビックリするかも?(多分) きよちゃんは、セッション中に自分の出来事を話すわけじゃないけど、「きよちゃん個人が」共感したり、反映したり、などなどしてくれているとすごく感じます。かなり、友人との対話に近い、んだけど、コーチングというフシギ。絶妙のさじ加減。妙技ですね~! 「私」として耳を傾け、私自身や私の出来事さえも道具に使うけど、「私」の話をするための時間にはならない。なぜなら、クライアントの内なる旅が最大限充実したものになるのを願っているから。同時に、コーチとクライアントは大きな同じシステムの一部であるので、クライアントの内なる旅は、コーチ自身の旅でもあり、「わたし」と共に旅をしてくれていることに、常に感謝の気持ちがある。 これは、私自身がコーチングに対して持っている価値観や信念を言葉にしてみたものですが、直感ですが、なんとなく、きよちゃんも近いものを共有している感があります。書きながら、もしかするとORSC的な信念がベースにあることが違いを生んでいる一つかもしれないと思いました。 もう一つは、「毎日が、振り切ってシナジー」みたいなことかな?笑 ベテランコーチって、だいたい指針とかもう意識的には使ってないって言うし、確かにオリジナルだなあ~と受けてる側としても感じるのだけど、それなりに「コーアクティブ」という枠組みが見える範囲での枠外しというか、安心領域内での枠超えなのです。 その点、きよちゃんは、本質として、すっごくコーチングの王道、ど真ん中を行っていると同時に、振り切ってコーアクティブだかなんだかわからない「きよコーチング」感があると思います。笑) きよちゃんのコーチングってどんなものなのか、どんなところがいいのかという問いの一番の答えは、ここですね~。 あとは、居合切りのような、切れ味の清々しさも好きです。自分じゃ全く見えてないコリのパターンのツボを、ピンポイントでバッサリ。笑 痛さを通り越して、もはやキモチイイ。「そこでしたあーー!!」みたいな。

母性と父性の絶妙なバランスも、キテます。どっちも振り切ってズバアーーンと入ってくるというか。と思いきや、放置プレイもあったり。 まとめると、いつでも予想外ってことですネ。

あとは、磐石の安定感、グラウンディング感というか、威厳があって、程よい緊張感が生まれます。目が覚めるというか。

きよちゃんが、私にかけてくれる言葉を選ぶとき、文字でも口頭でも、すごくすごく丁寧で繊細だなあ〜、と感じます。バッサリ大胆なんだけど、同時に繊細という。 コーチング界のモハメド・アリですね。笑 結構挑発的だし、根底に深い愛と思索があるところも、ピッタリ。

丁寧に言葉をかけられることで、私自身がとても丁寧に大事なものとして扱われてると感じ、そこから私が私を大切にする自分が生まれ、育っているなーと思います。 これは、よいコーチとの関わりであれば、どんな人とでも起きていると思うし、ルーツはお母さんを一番に、両親との関わりだと思いますが、今の私にとっては、きよちゃんの挑発バッサリAND繊細さの振れ幅の大きさ&突き抜け感が、ちょうどピッタリ!の感があります。 ここのとこは、理屈ないですね。今の私に、きよちゃんクオリティのバッサリAND繊細がピッタリな理由がわかるのは、きっと卒業するときか、さらにもっと後なのかもしれません。

40代 男

外資系企業の日本支社長をしておりました。私自身にはアメリカ本社推薦のコーチもつき、優秀な部下たちのおかげもあり、日本支社は順調に業績を伸ばしておりました。仕事にやりがいと誇りを持ち家族関係も良好で、順風満帆な人生を送っておりました。 そんな折、ある会合で浜田さんと出会いました。たった一度の出会いでしたが何かとても深いものを感じ、この人に自分のプライベートのコーチングをお願いしたいと感じました。 スカイプでの月2回のセッションが始まりました。彼女になら私のこの微細な感覚を話してみようという気持ちになりました。「これほど恵まれた環境にいる自分は、これ以上望んではいけない」と無意識に自分にかけていた制限を、彼女は軽やかにはずしてくれました。 私は自分の夢を言葉にすることを初めて許されたように感じました。彼女はまるで小さな子どものように好奇心いっぱいに私の夢に耳を傾けてくれました。心のどこかでかすかに感じてはいたが『思ってはいけない夢』が、言葉にすることを許され、やがて『自分のものとしたい』という気持ちに変化していきました。 しかしそれは同時に、大きな怖れの気持ちと向き合うことの始まりでもありました。「夢を実現したいと望むこと」はすなわち「今の恵まれた環境、地位、経済的豊かさ、安定などあらゆるものを手放すこと」を意味します。だから私の無意識は、『夢』を排除していたのでしょう。 ここからが、浜田コーチとのコーチングの醍醐味でした。大抵のコーチであればたぶんビビッてしまったであろう私の課題に対して、彼女は大胆かつ繊細にコーチングしていってくれました。すごいコーチです。あのコーチングの日々は、(隠していた自分の本心と向き合うことが)恐ろしかったがものすごくワクワクする体験の連続だったと言えるでしょう。 プロセスは割愛しますが、今私は日本を離れ夢の地におります。世界中から集まった才能がありかつ人格的にも一流の人たちと切磋琢磨する極上の日々を過ごしております。 無意識に押さえつけていた夢が、こんなにも私に充実感と幸福感を与えてくれるとは! 腹の据わった類い稀なコーチとの出会いに心から感謝しております。

50代 東京

現代人は、とかく目標やビジョンを立てることが好きだ。 学校でもそう教育されてきたし、企業においてはなおさらだ。 私自身も長年の企業生活の上で、常にストレッチな目標やビジョンを掲げ、その達成のために取り組んできた。 そんな前のめりな私を、きよちゃんは「今を100%味わって。」と押しとどめる。 意味がさっぱり分からない。 反抗する私の首根っこを摑まえて、今にSTAYさせられる。 何度か繰り返し行っていると、自分の思考と感情、そして身体がバラバラであることがわかる。 ある意味、幽体離脱状態で何年も過ごしてきたことも一因で、難治性の病を患ってしまったのだろう。 きよちゃんとのセッションは、自分の戻る場所を一緒に探し、そこから力強く本来の自分の人生を踏み出すお手伝いをしてくれる。 自分を100%味わい尽くして人生を歩みたい方、お勧めです。

40代 北海道

 私が初めて紀代子さんに研修でお会いしたとき「私にないものを持っていて、とても素敵」と感じました。そして「紀代子さんに助けてもらったら、悩みが解決していけるかもしれない、もっと学びたい」と思い、コーチングを受けることにしました。 最初、精神的に弱っていた私に、紀代子さんは寄り添って話をきいてくれ、「あなたにとって大切にしていることは?」「あなたのよいところは?」と繰り返し問いかけてくれました。自信がなく、否定的だった私は良いところや大切にしていることを考えるのが苦痛になり、無意識にコーチングの日時を忘れてしまったり、その後の連絡をしなかったりする日が続きました。ある日、紀代子さんに「○○ちゃんにとっても自分にとっても大切な時間なのに、このような態度ならお断りします」「私に頼るのであれば、お断りします」と話されました。私にとっては大きな衝撃でしたが、この日をきっかけに、時間の大切さや「自分の人生を納得して生き切るためにどうしたらよいか、そのために、どんな決断をしても、紀代子さんは寄り添い、どんなときも手を握ってくれている」ことを実感しました。 コーチングを受けている私は、少しずつですが「自分のよさ」を受けとめ、それを支えにして生きています。また、「自分自身を信じきれない」傾向にあることもコーチングを通してわかりました。その際、紀代子さんが信じてくれていることを実感し、自分自身を信じることの大切さ、それが自分を楽にして支えてくれる、また、自分の好きなものが自分を励まし元気をくれることを学んでいる最中です。そして「自分を責めず、無理しすぎず、人生を納得して楽しく生き切る」自分になりたいと思っています。

30代 九州

 紀代子さんのコーチングは厳しくて暖かい。職場で孤立し苦しんでいた時には本当に優しく暖かく話を聞いてくれたし、聞いてもらうことで大切なことに気づいていくことができた。でも、私が中途半端な気持ちでセッションを受けていたある日、突然「もうやめましょう」と言われた。「は?」 クライアントがコーチをクビにするならわかるが、コーチがクライアントをクビにするか!? ビックリだ! 焦った私は反省した。紀代子さんの本気度に私は中途半端な気持ちでいつもいた。自分のことなのに。 私が心を入れ替えて毎回ちゃんと自分と向き合うようになると、コーチングの中身が変わってきた!私の気持ち次第でこんなにもセッションの濃さが変わってくるのか!やっぱり『自分』なんだ! こちらが本気でいる限り、紀代子さんは私がどんなにぐちゃぐちゃでも受け止めてくれる。しかしこっちがいい加減だと、紀代子さんは恐ろしくなる!(笑)。 恐くて愛の人だ。

40代 関東

 私は父親を憎んでいます。殺してやりたいほどの憎悪を抱えています。私の人生における息苦しさや生き難さは父親のせいです。怒りと憎しみの塊を抱えつつ且つ抜け殻のように生きてきました。 そして今は少し塊が緩み、生きることも少しずつラクになってきています。 紀代子さんが私の殺意を含め気持ちをそのまま受け止めてくれたからです。 今 私は親殺しをせずに自分の人生を取り戻していく道を歩み始めています。 これまで私の人生に何の期待も希望もなかったけれど、もしかすると紀代子さんとのセッションの延長線上に何かがあるのかもしれないと、最近はほんの少し思えるようになってきました。 少なくとも、辛い事だけでこの人生を終わりたくない。日常の小さな幸せに気づくようになり、もっと幸せになりたいと思えるようになりました

50代 近畿 コーチ

プロのコーチとなるためにどうしても越えなければならない課題と向き合うために、紀代子さんを選んだ。その前も一流のコーチたちをつけて、悪くはなかった。ただ「オレの最後の課題はこの人に!」となぜか感じて紀代子さんにコーチングを依頼した。 私の直感は間違っていなかった。不思議なセッションだった。これをコーチングと呼ぶのか・・・? それまで誰とどんなに頑張っても開けることができなかった(と言うよりは実は誰にも見せていなかった)心の奥底にある頑丈な蓋が、なぜか少しずつ開き始めた。その蓋を開けるには相当な覚悟と勇気が必要だったが、それを強力に支えてくれたのは彼女の力強い愛と言っていいのだろう。父親と母親の両方からのような力強くかつ繊細な愛情にホールドされていることを感じられたからこそ、自分の恐ろしい所へ足を踏み入れていくことができた。 これを見なかったことにしてきたために、私は常に人生にごまかし感があった。 今、「これがオレの人生だ!オレの生き方だ!」と胸を張って言える。そんな人生を取り戻せた。

30代 関東

 プロとしての自覚が希薄な仲間と共に仕事をしています。「こんなことにこだわる私がおかしいのだろうか?」と自分に対して懐疑的になることも多々ありました。仕事に対する自分の志が揺らぐ時がありました。でも、紀代子さんに常に気持ちや思いを聴いてもらい「あなたは間違っていないと思うよ」と言ってもらえたことが私を支えました。 今、私がこれまで大切にしてきたことが日の目を見ようとしています。自分を見失うことなく誠実に仕事を続けてこられたのは、紀代子さんのサポートがあったおかげです。もし紀代子さんのセッションを受けていなければ、私は仕事を辞めていたか心を壊していたでしょう。 今、自分が成し遂げた仕事を誇りを持って世に出せるのは、紀代子さんのセッションがあったからです。

30代 関西

 自分の性自認に関してセッションを受けました。セッションを通じて、まず自分が世間の価値観で自分を見ていることに気づかされました。自分自身が自分のありのままを心から受け入れられた時、この自分で生きていく自信が生まれました。今は、親からも周囲の人たちからも理解を得られ、ごく自然に生きています。自然に生きられるって、なんて幸せな事だろう・・・。

50代 関東

単発セッションを受けました。余命半年と宣告されどうしていいか途方にくれていた時に、友人が「こんな人がいるよ」とこのサイトを教えてくれました。会ったこともないアカの他人にこんな重要なことを話すということに躊躇はもちろんありましたが、他にすべもなく藁にもすがる思いでした。 思い切って連絡を取り、人生初のセッションとやらを受けました。初めて話す人とは思えないくらい、安心して話を聞いてもらうことができました。顔が見えないのでなおさら安心して話ができたのかもしれません。 気持ちの整理をして、あと半年をどう過ごしたいかも明確になりました。すべてが割り切れるわけではありませんが、少なくとも夫や子どもたちと残りの日々を大切に過ごしていくことができそうです。本当に受けて良かったと思います。ありがとうございました。 いよいよ命が終わる頃に、もう一度お願いするかもしれません。そういう紀代子さんがいるというだけで、ものすごく安心感が得られています。

50代 四国

私がコーチングと出逢ったのは今から9年前の春のことです。当時私は初めての土地での新しい仕事や、家庭内のもめごと、人間関係の難しさなどで精神的にも肉体的にも疲れ切っていました。怒りと不満と無力感。職場でも家でもいつもピリピリしていました。そんなある日、いつも愚痴を聞いてくれていた友人が「こんな人がいるよ」と紹介してくれたのが紀代子さんでした。コーチングという言葉は聞いたことがあっても、何をするのか(何をしてくれるのか)、やるとどうなるのか(どうしてもらえるのか)、まったく分からずに藁にもすがる気持ちで飛び込みました。 セッションを始めて最初に感じたのは「なんてしんどい作業なんだ!」ということです。紀代子さんからの質問は心の奥深くにしみ込み、私はその答えを探しにいきます。忘れていたことや気づかずに見過ごしていたこと、見ないふりをしていたこと、見たくないと思っていたもの。しんどい作業だと感じたのは、それくらい自分の本当の声を聴いていなかったということでしょう。そして、気づくことで手放せたり、思いだすことで心が喜びに震えたり、セッション中はしんどくても、終わったあとはとてもすがすがしくて、心がやわらかくなったように感じました。「周囲の人の態度が変わった」と紀代子さんに報告すると「それはあなたが変わったからよ」と言われたのを覚えています。 その時のノートは今でも私の宝もので、いつも手元に置いて事あるごとに見返しています。「暖かい空気をいくら送っても、おもりを手放さなければ気球は浮き上がらないよ」。紀代子さんにもらったこの言葉は、いまでも私の座右の銘です。そして驚くことに、9年前のコーチングは今も私の中で生き続けています。その時何をするかということだけでなく、どうありたいのか。何を大切にしたいのか。自分の根幹となるものを、コーチングで見つけたように思います。 いま私は、治療法のない難病にかかり少しずつ動けなくなってきています。いつか何もできない人になるでしょう。でもこのシビアな状況の中で、私が自分を信じ、自分と周囲の人を大切に思い、楽しい日々を送ることができるのは、紀代子さんと出会い、コーチングの世界を知ったおかげです。一人でも多くの人が、その人らしく安心して、生きいきと暮らしてほしい。たとえ障害や病気があっても。たとえ命が限られていても。私は、病気が進んで何もできない人になっても、人とかかわるということを通じてそこに存在することができます。 私の人生を大きく変えたコーチングとの出会い。紀代子さんとの出会い。言葉では言い尽くせないほどの感謝と、感動と、満ち溢れる想いで一杯です。 紀代子さん 本当にありがとうございました。そしてこれからもどうかよろしくお願いします。

(紀代子:注) コーチングの中で真摯に自分と向き合い、その後自分らしい納得した人生を歩み始めコーチングを終了したAさんでした。その後、「人生の一大事が起きたので、そのことで一度セッションを受けたい」と連絡が来たのは数年前でした。Aさんは、徐々に体が動かなくなっていくある難病を発症されていました。その一度だけのセッションの中で、彼女は症状が重度化していくその病気と共に生きていく自分の人生にしっかりと立ちました。その時のセッションを私は忘れません。『人とは、これほどまでに可能性を秘めた存在なのだ』ということを、私はAさんとのセッションから教えられました。 実際には一度もお会いしたことがなかったAさんでしたが、声だけでここまで深いセッションが可能だということを教えてくれたクライアントさんでした。


お問い合わせはこちら