罪悪感を手放して…

掲載日:2022.07.19


2月頃だったか、会えば挨拶をする程度の知り合いにバッタリ会いました。
半年前に会った時より二回りくらい体が小さくなってげっそりやつれていました。

その変わりように驚いて「何があったの?」と聞くと、「母親の介護をしている」と言います。
身体的に介護が必要になった上に、認知症も発症し始めているとのことです。

彼女のことは、中学生の子どもさんがいるという程度のことしか知りません。
その彼女が、夫と子どもが住む家から母親の家に毎日通って介護をしていると言います。
しかも母親との関係があまり良くないようでした。

彼女のやつれた様子から、もう個人で介護をするのは限界のように思えました。
「施設入所とか考えないの?」と聞くと、
「親を捨てるようだし、罪悪感があって踏み出せない」と言います。

その場で30分程度立ち話をする中で、
介護を受ける母親の様子や彼女の気持ちを少し聞きました。

はじめは言いづらそうに言葉を濁していましたが、
ていねいに聞いていくうちに少しずつ本音が出てきました。

母親への気持ちを聞くと最初は「相性が合わないような気がする」という言い方をしました。
もう少し聴いていくと、子どもの頃から母親に否定されて育ってきたようです。
介護が始まっても、母親は何をしても暴言を吐き否定をしてくるようです。

たぶん彼女が一番辛いのは、介護の大変さではなく、
何をやっても常に母親になじられ否定され続ける、そのことなのだろうと思いました。

「ご家族は何と言っているの?」聞くと、
「子どもも夫も何も言わず見守っていてくれる」と言います。

朝早くに自宅の家事を済ませ、早々に母親の家に行き、
一日中不平不満をぶつけられ否定され夕方に自宅に戻ってまた家事をする。
そんな生活を続けているようです。

「きっとご家族はあなたのことを心配していますよね」と言うと、
「心配しているし、できる限り家事を助けてくれている」と言います。

「あなたは『母親の介護』という『正しいこと』をしているから、
ご家族は文句も言えないし、「心配だからやめて」とも言えないんじゃないですか」
と言うと、彼女はただ涙ぐみます。

「もう限界なことをあなたは感じていると思うし、
このままではあなたの家族も含め全員が不幸になるような気がしますよ」と言うと
また彼女の眼から涙がこぼれます。

「全員の幸せのために、私は施設入所を勧めますよ」と伝えました。
「認知症ならグループホームに入れるし、そうすれば
お母さんもきっと今よりもずっと落ち着くと思いますよ」

「娘にしてもらえば不満しかなくても、他人にしてもらえば感謝なんですよ」
と伝えると、彼女の顔が徐々に柔らかくなっていくのが見て取れました。

それでも「親を施設で見てもらうなんて、姥捨て山のようで…。
そんなことをしてもいいのでしょうか」とまだ罪悪感を捨てきれずにいます。

「いいんです!」
「むしろそのほうがいいんです!」
「全員の幸せのために、そうしたほうがいいんです!」

と、私がきっぱり言うと、彼女の顔がぱぁーっと明るくなりました。

「お母さんだってプロに介護をしてもらえば満足度も高いし、
他人に良くしてもらえば感謝の気持ちもうまれます」
「グループホームはいろいろな行事もあって、楽しいことがたくさんあります」
「多少の不平不満は言うでしょうが、お母さんも今より楽しく過ごせるでしょう」
そのようなことを彼女に伝えました。

私は「どんな親でも施設に入れろ」と言っているのではありません。

長い間やりたい放題に子どもを傷つける言動をしてきた親が、
介護が必要になったからといって「子どもが介護するのが当たり前」とばかりに
辛く当たった子どもに負担をかけるのがおかしいと思っています。

しかも、世話をしてもらってもなお感謝どころか非難ばかりするのであれば、
そんな親の元で傷つけられ続ける必要はないと思います。

子どもに介護をしてもらうことを望むなら、「まずこれまでのことを謝れよ!」と思います。
自分が子どもにしてきたひどいこと、暴言の数々を心から反省して謝って、
そこで初めて介護を「お願い」するのが筋でしょ!と思います。

「偉そうに親面(おやづら)するなよ!」と思います。
親面してもいいのは、親として子どもを大切にしてきた人だけです。
しかもちゃんと親をしてきた人は、親面さえしないしね。

最後に彼女への助言として「グループホームには自分で行って雰囲気を確かめて、
ちゃんとした介護をしてくれるところかどうかを見極めて決めること。
それがあなたがお母さんにできる一番の親孝行ですよ」と伝えました。

その後、私の助言通り市役所に相談に行き必要な機関と繋がったこと、
グループホームの入所申請をしたこと、実際に行ってみたこと、
順番待ちをしていることなど、途中経過を何度かメールで連絡をもらい、
ついにめでたく先日入所できたようです。

母親が入所して1週間ほど経った先日、また彼女に出会いました。
顔つきが全く違っていました。
柔らかく、心なしかふっくらとしているように感じました。

「浜田さんが言ってくれたことは全部その通りでした!」
「母もまんざらではなさそうな様子です」

子どもが「おばあちゃん、あんな顔するんだね!」と彼女に耳打ちしたと言います。
子どもさんも、自分の母にきつく当たる鬼のような祖母の顔が印象に残っていたのでしょう。

それがプロの介護に満足してか、ひどい親ほど他人には良い顔をするゆえか、
(たぶんその両方だと思いますが)表情が和らいでいたのでしょう。

子どもさんも、祖母に叱責されうなだれている母親の姿に心を痛めていたことでしょう。

「浜田さんが言ってくれた通り、全員が幸せになりました」
「私、今幸せです!」
そう言った彼女の表情は、つきものが取れたように晴れやかでした。

「これまでお母さんに費やしてきた時間と心を、
これからはあなた自身と家族のために使って、あなたの人生を楽しんでくださいね」
そう伝えて彼女と別れました。

彼女の明るい声と表情が今でも目に浮かびます。
よかったね。