幸せって…
掲載日:2025.11.18
少し前に、「夏風邪をひいて以来咳が止まらなくなり、咳喘息と診断された」ことを書きました。
薬の服用と吸入をしていますが、
おなかが痛くなったり異常な喉の渇きが生じるなど薬の副作用が顕著で、
そのつど薬を変えてもらっていますが、かんばしくありません。
おまけに私は吸入の仕方が下手なようで、
吸入するとむせてしまい、吸入した薬を
ほとんど吐き出してしまっているようです。
つくづく私は薬が合わないんだなと感じる今日この頃です。
そんな私の愚痴が吹っ飛ぶような気持ちにさせてくれるテレビ番組があります。
NHKの『病院ラジオ』です。
不定期に放送されているようですが、
サンドウィッチマンの二人が日本各地の病院を訪ね、
患者さんや家族、医療スタッフの話を聞く番組です。
病院に簡易の放送室を設置してインタビューを行い、
病室やナースステーション、リハビリルームや医師の部屋などにスピーカーを置いて、
そのインタビュー放送を聞くことができるようになっています。
それを観ていると、世の中にはこんなにもたくさんの種類の大変な病気があって、
それらの病気を抱え懸命に生きている人たちが多くいることに気づかされます。
先日サンドウィッチマンが訪ねたのは「北海道大学病院」でした。
北大病院は、まさに私が薬のアレルギー反応である
「スティーブンス・ジョンソン症候群」で緊急入院し
一か月間お世話になった病院です。
番組の中で、何人もの患者さんが登場し話してくれます。
病気によって大変な人生を歩むことになった人たちの話を聞いていると、
私なんてほんの少しの不具合で凹んでいる場合じゃないと思ってしまいます。
今回の患者さんの中で私が一番気持ちを動かされたのは16歳の少女でした。
彼女は、生まれる前から(母親の妊娠後期のエコー検査で)
「何か異常があるかもしれない」と言われていたそうです。
それでもご両親は「せっかく授かった命なのだから
どんな子であっても大事に育てていこう」と思ったそうです。
彼女の病名は「腸管神経節細胞僅少症」という小腸の病気で、
全国で100人程度しかいない指定難病だそうです。
(これは私がネットで調べた情報です。)
生まれてから8か月間も入院していて、
生まれた時から人工肛門(ストーマ)をつけているので
「私にはこれが当たり前」と彼女は明るく笑います。
保育園の時には、人工肛門から出ている腸を「かわいい!」と思い、
お友だちに「かわいいでしょ!」と見せていたと笑います。
保育園に入る前から母親に「ストーマはみんなが持っているものではないんだよ」ということと、
同時に「それはあなたの個性だからダメなものでも何でもないんだよ」
と言われていたと言います。
「できていたことができなくなるのは辛いと思うけど、
私は生まれつきだからこれが当たり前」
そうさらりと言う彼女は、
きっとこれまでどれほど苦しいことや悲しいことを体験してきたのだろうと思います。
更に数年前には、これも指定難病である「クローン病」を発症し、
現在も小児外科と内科にお世話になっていると言っていました。
食べるものにもかなり制限がかかり、生活にも制限がかかる中で、
「どうしてそんなに明るいの?」とサンドウィッチマンに尋ねられた彼女は、
腸炎で入院して痛くて辛くて何もできなかったときに、
周りの人たちが励ましてくれ支えてくれた、
「こんなにしてもらっているのだから、私が嘆いていてもしょうがない」と思ったそうです。
「中学生の時にそう思った」と言う彼女に、
「そう気づけるのって、もっとずっと年を取ってからだと思うけど」と
サンドウィッチマンのお二人も彼女の達観にうなっていました。
そんな彼女も、小6の時には「どなる、わめく、泣き叫ぶ」という
ひどい反抗期があったと笑いながら話してくれました。
そりゃそうよね。
他の子たちと比べる年ごろになり、痛みや不自由さもあったでしょう。
「どなる、わめく、泣き叫ぶ」そうしたい気持ちは当然だったと思います。
同時に、そんな激しい反抗期を受け入れたご両親も素晴らしいなと思いました。
私のクライアントさんたちの中には、反抗期がなかった人が多いです。
「反抗期をさせてもらえなかった」と言えるかもしれません。
彼女は、自分の素直な激しい感情を十分に表現させてもらえたんですね。
彼女が言っていたのは「父と母と7歳年上のお兄ちゃんが、
私を大事にしてくれて支えてくれた」ということです。
後で彼女と交代でお母さんもインタビューに答えてくれましたが、
「病気があっても自分を否定しないで生きていってほしい」
「この病気を抱えながら長い人生を生きていかなければならないのだから
いろいろなことを自分で選んで納得できるような生き方をしてほしい」
「そうできるようにサポートしていきたい」
そうおっしゃっていました。
お父さんと一緒にスピーカーを通してお母さんの話を聞いていた少女のもとに
インタビューを終えたお母さんが戻ってきました。
ラジオを通して改めてお母さんの思いを聞いた少女が、
「ありがとう」「これからも頑張ります」と言うと
お母さんは「もう十分頑張ってきたよ」「よく頑張ってきたね」
「そのままでいいんだよ」と優しく頭を撫でました。
それを聞いた瞬間、それまでずっと笑顔だった彼女の目に涙があふれ、
お母さんが手渡したハンカチでは足りず、
お母さんの胸に顔をうずめて泣きだしました。
お父さんはそばで二人を温かく見守っていました。
彼女は一つでも辛い指定難病を二つも抱え、
この世に生を受けました。
これまで、どれほど辛い時間を歩んできたでしょう。
そしてこれからも困難な人生が続くのでしょう。
それでも、彼女は「親に恵まれた」んだなと、その光景を見て思いました。
幸せって、どこにどんな形であるかは、人それぞれだと改めて感じました。


