パソコン移行作業を通して感じたこと
掲載日:2025.08.26
Windows10のサポート終了に伴い、
今のPCのまま11にアップデートでいいのか、
7~8年経っているPCを新しく購入したほうがいいのか、
PCに詳しい元クライアントのNさんに相談してみました。
彼女の答えは、「今のPCのままでも使い続けることはできるが、
ついでに買い替えを検討しても良い時期かと思う」とのことでした。
PC選びも、希望(予算・画面サイズ・重さなど)を伝えれば
彼女のほうで候補を選んでくれること、更には、
スマホを使って通話しながら遠隔操作で
今のPCから新しいPCに移行作業をしてくれると言います。
私が想定した以上のありがたい提案でした。
実際には、私のPCの中身がかなり多かったことや面倒なこともあり、
手順としては、私に合ったPCを購入してNさんが受け取り、
遠隔で私と繋がりながらNさんの手元で移行作業を行い、
そのPCを私に送付してくれて
再度一緒にリモートで移行作業を完了するという流れになりました。
かなりNさんを煩わせることになりましたが、
彼女は嫌な顔一つせずサクサクと作業を進めてくれました。
私が「バックアップ」を一切取っていなかったことを知って、
Nさんから「アップデートやPCの移行作業よりも、
今回バックアップを取ったことのほうがずっと大事なことでしたよ」と言われ、
事の重大さをいまいちわかっていなかった私は、
私のPCの安全を確保してくれたNさんに大いに感謝でした。
また、その時期に突然メールの送受信ができなくなりました。
Nさんに調べてもらったところ、移行作業とは無関係で、
以前からメール設定の変更要求が来ていたのに
私が意味が分からず放置していたことが原因でした。
それもNさんが調べて対応してくれて、なんとか復旧しました。
Nさんと繋がっていなかったら、私は途方に暮れていたところでした。
ぼんやりとPCを使っていた私の危機をいくつも回避してくれて、
スペックの良いPCを格安で購入してくれて、
おまけに私が使いこなせていなかったプリンターの利用なども
(例えばワイヤレスで印刷するとかスキャンして添付で送るとか)
できるように設定してくれました。
私のパソコン環境がメチャクチャ快適になりました。
私の「PCぼんやり利用」のせいでNさんにけっこう大変な思いもさせました。
遠隔で作業をしながら、問題にぶつかるたびに
Nさんは「私はこれはやったことがないな~」とか
「これじゃないな」「これかな?」とか独り言のように呟きながら次々と試していきます。
わからなかったら調べる。
トライ&エラーをサクサクとして問題解決に至ります。
「すごいな~」とあっけにとられている私を感じたのか、
Nさんが「私、理系なので失敗は大前提なんです」と言います。
つまり「失敗する・うまくいかないことは当たり前」から出発しているので、
「わからない」という壁にぶち当たってもめげないで進んでいけるんですね。
このスタンスでグイグイ難問を解決していくNさんの作業を身近で
(とは言ってもNさんは横浜にいて遠隔で作業をしていたのですが)
隣にいるような感覚で見ることができたことは私にとって貴重な時間でした。
私なんか、PCでちょっとわからないことがあると投げ出してしまいますが、
今回はNさんから「わからない」に向き合う姿勢を学ばせてもらいました。
それ以降、私はPC関連でわからないことがあってもすぐに投げ出さず、
まずは自分で調べてトライ&エラーをして解決するようになりました。
いくつになっても誰かから刺激を受けて成長できるって、嬉しいですね。
いろいろとやり進めてくれるNさんにその都度「ありがとう」と伝える私に、
「母親にいくらやってあげても一度も感謝されたことがないので、
そう言ってもらえるだけで嬉しいです」と言います。
「娘にそこまでしてもらったら、私なら一生感謝するわ」
というほどのことをNさんはこれまで母親にしてきましたが、
感謝どころか不平不満しか返ってこなかったということです。
「これに感謝できないってどういうメンタリティなんだろう?」と
他人の母親ではありますが不思議でしかありませんでした。
しかも、何をしても否定ばかりの母親を持ったにもかかわらず、
Nさんは親切で優しいです。
これはNさんに限らず、私のクライアントさんにいつも感じることです。
もちろん、セッションの最初のころは、常に他人の評価を気にし、
「人のために役立っていなければならない」「良い人でいなければいけない」
という強迫観念に縛られて「良い人」「親切な人」を頑張ってきた人が多いです。
しかしセッションを重ねるうちに発達性トラウマが解消されていくと、
「どんな自分でも大丈夫」と「自分にOKを出せる」ようになります。
Nさんも、トラウマが解消されてセッションを終了しています。
ですから潜在的にある『罪悪感』や『脅迫的観念』から
「人の役に立とう」や「良い人でいよう」というスタンスではありません。
無意識に、彼女の本来的な「優しさ」や「善い人」が立ち現れてきます。
これはセッションをしていて、クライアントさんに私がよく感じることです。
セッションで、子どもの頃に受けた傷を癒していくと、
やがて、その人本来の姿が現れてきます。
クライアントさんのその本質は、みなさん「優しさ」「善い人」なのです。
子ども時代に母親から辛い対応をされてきたはずなのに、
私なら、そんなひどいことを言われ続けたり辛い目に遭ってきたら
「心がゆがんでしまいそう」と感じるような体験をしてきたにもかかわらず、
彼女たちの本質的なところは美しいのです。
どうして彼女たちは、ひどい目に遭っても本質的な美しさを損なわれなかったのだろう?
いまだに、この答えには辿り着けずにいます。
そんな私は、時々こんなふうに思う時があります。
神さまが、
『魂が特に美しい天使たちを抜粋して、逆境的環境に送り込んだ。』
『だから天使たちはどんな目に遭っても、本来の魂は美しいままである。』
「あんなつらい目に遭ってきたのに、なぜこの人たちはこんなに良い人なの?」
の私の疑問の答えは、今のところこう考えるしか納得がいきません。
私は人生で、なかなか出会うことができない美しい天使たちと
たくさん出会えて、ラッキーで幸せ者だと感じています。
傷だらけで生きづらさや希死念慮を抱え苦しんでいた人たちが
本来の天使に変容する場に立ち会える幸せに、
これからも感謝とともに精進します。